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鳥取地方裁判所 昭和52年(ワ)177号 判決 1979年2月26日

原告

矢部米男

ほか六名

被告

小林清美

ほか一名

主文

被告らは各自原告矢部米男に対し金二五万五六四一円および内金二二万五六四一円に対する昭和五二年一一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員ならびに原告矢部峰男、同矢部信夫、同矢部正明、同竹内徳江、同竹内清子および同和田禎子に対し各金九万一一六三円および各内金八万一一六三円に対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分して、その一を被告らの、その余を原告らの各連帯負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告らは各自原告矢部米男に対し金一二四万五五四〇円および内金一一三万二五四〇円に対する昭和五二年一一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員ならびにその他の原告らに対し各金四四万〇三六〇円および各内金四〇万〇三六〇円に対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

第二原告らの主張

一  請求の原因

(一)  被告小林清美は、昭和五一年七月二八日午前九時ころ、鳥取県八頭郡八東町大字北山七三番地柿坂医院前県道上で普通乗用自動車(以下、事故車という)を運転中、同所を歩行中の訴外矢部ふみ子に事故車を衝突させ、同人を転倒させた。同人は、これにより左急性硬膜下血腫および脳挫創の傷害を受け、そのため同年八月二日死亡した。

(二)(1)  被告小林は事故車の所有者であり、かつ、本件事故は同被告の運転上の過失に起因するものである。

(2)  被告郡家建設株式会社は、土木建築請負業等を営み、被告小林を雇傭し自動車運転の業務に従事させるとともに、事故車を会社の業務に常用していたもので、同被告とともに事故車の保有者であるから、第一次的には自賠法三条により、第二次的には民法七一五条により、本件事故につき責任を負うべきである。

(三)  原告矢部米男は矢部ふみ子の夫、その余の原告らはその子であつて、ふみ子の死亡により、その権利を相続分に従つて相続した。

(四)  本件事故による損害は次のとおりである。

(1) 逸失利益・その一

(イ) 亡ふみ子(明治四一年四月二〇日生)の家庭は農家であるが、同人の夫原告米男は老齢(明治三二年生)かつ身体虚弱であり、長男の原告峰男は協和建設有限会社に、その妻廣子は安泰株式会社にそれぞれ従業員として雇傭されているため、農作業は主としてふみ子が担当していたのであつて、農業に対する同人の寄与率は五割を下らなかつた。そして、その耕作地は水田約六反歩、畑約四畝歩、果樹園約七畝歩であり、年間収入は七四万一四八四円であつたから、その五割の三七万〇七四二円が同人の死亡によつて失われた収入である。

(ロ) 右のとおり長男夫婦は平日は勤めに出ているため、食事の準備や後片付、洗濯等の家事労働にはふみ子が従事していたが、右労働による収入額は右農業収入の五割の三七万〇七四二円にあたるとみるべきである。

(ハ) ふみ子の生活費は月額三万円、年額三六万円とみるべきである。

(ニ) ふみ子は六八歳の健康体であつたから、農作業等に従事しうる残余稼働年数は五年とみるべきであり、そのホフマン係数は四・三六四である。

(ホ) 右(イ)および(ロ)の合計金額から(ハ)の金額を差し引き(ニ)の係数を乗じた一六六万四七九六円が逸失利益の現価である。

(2) 逸失利益・その二

厚生省第一二回生命表によれば、ふみ子の余命年数は一二・四三年である。同人は国民年金を受けており、その額は、本件事故当時は年額一五万六〇〇〇円であつたが、間もなく昭和五一年九月一日に同一八万円に改定された。したがつて一八万円に一二年のホフマン係数九・二二を乗じた一六五万九六〇〇円は、同人が得べかりし年金の現価である。

(3) 慰藉料

(イ) ふみ子自身の慰藉料、四〇〇万円

(ロ) 原告米男の慰藉料、一〇〇万円

(ハ) その余の原告らの慰藉料、各五〇万円

(4) 葬儀費用

原告米男が少なくとも二八万円を支出した。

(5) したがつて、原告らが相続によりおよび自己固有の損害として取得した請求権の額は、原告米男につき、右(1)(ホ)および(2)の合計額三三二万四三九六円の三分の一の一一〇万八一三二円、(3)(イ)のうちの一三三万円、(3)(ロ)の一〇〇万円ならびに(4)の二八万円の合計三七一万八一三二円、その余の原告らにつきそれぞれ前記三三二万四三九六円の九分の一の三六万九三七七円、(3)(イ)のうちの四四万五〇〇〇円および(3)(ハ)の五〇万円の合計一三一万四三七七円である。

(五)(1)  本件損害に対し自賠責保険金八〇二万円、被告会社から見舞金五万円の各支払を受けた。

(2)  よつて、右八〇七万円を按分して、原告米男の損害に対して二五八万五五八二円、その余の原告らの損害に対して各九一万四〇一七円を充当すると、債権残額は原告米男につき一一三万二五四〇円、その余の原告らにつき各四〇万〇三六〇円となる。

(六)  原告らは、訴訟代理人弁護士に本件訴訟の提起追行を委任し、着手金および成功報酬として認容額の一割を支払うことを約した。したがつて、弁護士費用の損害は、右(五)(2)の債権額の約一割として、原告米男につき一一万三〇〇〇円、その余の原告らにつき各四万円となる。

(七)  よつて、被告ら各自に対し、原告米男は(五)(2)の損害額一一三万二五四〇円と(六)の弁護士費用一一万三〇〇〇円との合計一二四万五五四〇円、その余の原告らはそれぞれ(五)(2)の損害額四〇万〇三六〇円と(六)の弁護士費用四万円との合計四四万〇三六〇円、ならびに、いずれも弁護士費用を除く金員に対する本件訴状送達の日の翌日の昭和五二年一一月一二日以降民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  抗弁に対する答弁

ふみ子の過失は否認する。

第三被告らの主張

一  答弁

(一)(1)  請求原因(一)のうち、被告小林が事故車をふみ子に衝突させたことおよび同人の死亡が事故車との衝突を原因とするものであることは否認し、その余の事実は認める。

(2)  事故車はふみ子に接触していない。同人は、病身かつ老齢で、そのうえ腰が曲つていたにかかわらず、急いで斜めに道路を横断しようとしたため、足を踏み外したかまたは路上に敷いてあつた鉄鋼板に足をひつかけてつまずき転倒し、折悪しく右鉄鋼板の角に強く頭部を打ち脳挫傷等の傷害に至つたもので、自傷により死亡したものというべきである。

(二)  請求原因(二)のうち、被告小林が事故車の所有者であること、被告会社が土木建築請負業等を営み、被告小林を雇傭していたことは認め、その余は否認する。

(三)  同(三)は認める。

(四)(1)  同(四)(1)(イ)のうち、農作業は主としてふみ子が担当し、その寄与率が五割であつたこと、年間収入が七四万一四八四円であつたことは否認し、その余は認める。農作業はふみ子の夫や子供夫婦が担当していたのであり、ふみ子は高齢かつ病身であつて、補助的にもせよ農作業に従事してはいなかつたから、農業収入に関して逸失利益はない。

(2)  同(四)(1)(ハ)および同(四)(4)は認める。

(3)  同(四)(2)は争う。国民年金は、恩給等と異なり、国民として当然の一般的権利であつて、特別の利益享受ではないから、これについて逸失利益を請求することは失当である。

(4)  同(四)のうち、その余の主張はすべて争う。

(五)  同(五)(1)は認め、同(五)(2)は争う。

(六)  同(六)は不知。

二  抗弁

ふみ子は、事故車が後退を開始していることを知りながら、これを無視し、その直後を横断しようとして危険の中に自らを投じたものであつて、事故発生については同人にも過失があり、同人と被告小林との過失の程度は五分五分とみるのが相当である。

第四証拠関係〔略〕

理由

一(一)  請求原因(一)記載の日時・場所において、被告小林が事故車を運転しており、他方、歩行中の矢部ふみ子が転倒して同記載の傷害を被り死亡した事実は、当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第九号証、第一二ないし一八号証、証人藪田里美および同八田龜蔵の各証言、被告本人小林清美の尋問の結果によれば、本件事故現場は東西に通ずる幅員四・五五メートルの直線の舗装道路で、事故車は、東方から西進して来て、北側にある柿坂医院の入口の前を過ぎた所で道路右側(北側)に寄つていつたん停止したうえ、時速約五キロメートルのゆつくりした速度で後退を開始し、約一・九メートル進んだ時、同車の左側(道路南側)からその背後を通つて右医院に入るべく道路を斜め(北東方向)に横断していたふみ子(当時六八歳)に車体後部右側が接近(接触したか否かはひとまず措く)するに至つたが、その時、ふみ子は、にわかによろめき、東方約一・四メートルの地点の路上で、頭を北東方向にし、かつ、右医院入口側溝の蓋に頭部がかかるような位置に仰向けに転倒し、左後頭部を路面ないし側溝の蓋の表面に強く打ちつけて、頭部の前記傷害を受けたものであり、なお、そのほかの傷害としては左腕の肘に僅かな挫創があつたのみで(甲第一三号証に記載のある右胸部の切創痕は本件事故によるものとは考えられない)、もつぱら頭部の傷害のみが死因となつたものであることが認められる。前記本人尋問の結果中、ふみ子がしま鋼板の角で頭を打つた旨の部分は前掲甲第九号証に対比して信用することができず、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  原告らは、事故車がふみ子に衝突してこれを転倒させたものである旨主張する。しかし、

(1)  目撃者である証人藪田里美の前掲甲第一七号証(検察官に対する供述調書)記載の供述中には事故車とふみ子とが接触した事実を肯定する趣旨の部分があるが、同証人の前掲甲第一六号証記載の供述および本訴における証言に対照すると、同証人が右接触の事実を確実に認識していたかどうかは多分に疑問であり、右甲第一七号証記載の供述は、当時一三歳であつた同証人が取調官に誘導されてした疑いがあつて、採用することができない。

(2)  前掲甲第九号証(実況見分調書)には、被告小林の指示によるものとして接触地点の記載があるが、前掲甲第一四および一五号証の各供述記載および同被告本人尋問の結果に照らすと、右指示は接触の事実自体を認める趣旨でしたものではなく、同被告は、刑事々件の捜査段階においても、接触はしていないと思う旨供述していたものであることが認められる。

(3)  成立に争いのない甲第一〇および一一号証、第三四号証の一・二、前掲甲第一四および一五号証、証人谷口幸男の証言によれば、事故車の右後部バンパーおよび右方向指示灯の枠に、ほこりが少しこすれ、繊維痕らしいものがついていた個所があるが、右の繊維痕らしいものは、ふみ子が事故当時着ていたスカートに合致する可能性はあるものの、不鮮明なため、その同一性を確定しがたいことが認められる。そうすると、このような痕跡の存在からただちに事故車とふみ子とが接触した事実を推定することは相当でなく、また、仮に接触したとしても、さほど強く当つたものではなく、軽く触れた程度にすぎなかつたのではないかと考えられる。

(4)  前記(二)認定の状況に基づいて考えた場合、事故車とふみ子とが接触したとするならば、両者の進行方向からみて、横断歩行中の同人の左やや後方から事故車が接触した可能性が強いが、それによつて、同人が事故車から少し離れた前記の位置に前記の姿勢で転倒し前記の部位・態様の傷害を負うためには、かなり強い衝撃が加わらなければならないと考えられるところ、前掲甲第一〇号証によつても、事故車には右(3)の不鮮明な痕跡以外には、強く衝突したことを示す形跡は何ら存在しないものと認められるし、ふみ子の身体にも衝突自体による傷害はなく、目撃者の供述からもそのような状況は窺われないのである。

(5)  他にこの点の判断に用いうる資料はなく、以上の諸点を総合するならば、ふみ子と事故車とが接触した事実または少なくとも同人が事故車との衝突が直接の原因で転倒した事実は、認めるに足りないものというほかはない。

(四)  他方、前掲甲第九号証、成立に争いのない甲第二六ないし三一号証によれば、柿坂医院入口の側溝の蓋はおおむね平担であることが認められるうえ、前記の転倒位置・姿勢等から考えても、ふみ子が側溝の蓋の鉄板等につまずいて転倒したという可能性もきわめて乏しいと考えられる。

(五)  そこで、前記(二)認定の事実と(三)で検討した点ならびに前掲甲第一四および一五号証、被告本人小林の尋問の結果を総合すると、ふみ子は、事故車が停止しているものと信じてその後側を横断中、同車が意外にも後退して至近距離に迫つて来たのに気付き、驚いて叫び声をあげたが、とつさのことで対処すべき術を見失い、僅かに身をかわそうとしあるいは上体をのけぞらせたような姿勢から、身体のバランスを失つたかないしは足がもつれて、前記の位置に転倒するに至つたもので、転倒の際、老齢のためもあつて、腕で身体をかばう等のことができず硬直した姿勢で倒れたため、頭部を強打したものと推認するのが相当である。前記(三)で言及したもののほか、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(六)  右認定事実に基づき事故車の運行とふみ子の受傷との間の因果関係について判断する。

車両が歩行者に接触しなかつたときでも、車両の運行が歩行者の予測を裏切るような常軌を逸したものであつて、歩行者がこれによつて危難を避けるべき方法を見失い転倒して受傷するなど、衝突にも比すべき事態によつて傷害が生じた場合には、その運行と歩行者の受傷との間に相当因果関係を認めるべきであるところ(最高裁昭和四六年(オ)第二四七号同四七年五月三〇日第三小法廷判決・民集二六巻四号九三九頁参照)、歩行者が停車中の自動車の後側を横断中、突如自動車が後退を始めるということは、まさしく歩行者の予測を裏切る常軌を逸した事態であり、前記認定のように、ふみ子がこのような事態に接してにわかに対処すべき術を知らず、驚愕のあまり転倒するに至つたことは、衝突によつて転倒したのと実質上異ならないものというべく、事故車の運行とふみ子の転倒・受傷との間には相当因果を認めるのに十分であるといわなければならない。

二(一)  被告小林が事故車の所有者であることは当事者間に争いがない。さらに、同被告が特段の事由なしに道路右側に事故車を停車させたことがすでに違法な行為であるうえ、前掲甲第一四および一五号証、同被告本人尋問の結果によれば、同被告は、停車中、道路左側を事故車の後方へ向かつて歩いて行くふみ子を認めたが、漫然同人が道路を横断することはないものと考えて、以後その動静に注意を払わず、右側後方に人がいないことを確かめたのみで後退を開始したところ、ふみ子の叫び声を聞いて初めて、同人が道路を横断して事故車の後部右側近くに至つているのを認めたものであることが認められ、同被告には、横断歩行者の有無、動静に注意を払わないで事故車を後退させた過失があることは明らかである。したがつて、同被告は自賠法三条および民法七〇九条による損害賠償責任を免れない。

(二)  被告会社が被告小林を雇傭していた事実は当事者間に争いがなく、前掲甲第一四および第一五号証によれば、被告会社は、会社の車が不足するときには、ガソリン代を会社が負担して、本件事故車等従業員個人所有の車を会社の業務に使用することがあつたこと、被告小林は、本件事故当時、被告会社の業務のため事故車を運転していたものであることが認められ、したがつて、被告会社も自賠法三条および民法七一五条による損害賠償責任を免れないものというべきである。

三  被告らは過失相殺を主張するが、ふみ子が事故車の後退を知りながらその直後を横断しようとしたものである旨の被告ら主張の事実を認めるべき証拠はなく、かえつて、前記認定のとおり、ふみ子は横断開始後事故車の後部右側が至近距離に至つたときに初めてその後退の事実に気付いたものと推認されるのであり、より早く後退の事実を知ることが容易な状況であつたとも認められない。しかも、前記のとおり、停車中の自動車が突如後退を開始するということは歩行者の予測を超えた事態というべきであるから、ふみ子が事故車の動静に格別の注意を払わないでその直後を横断したことをもつて責められるべきでないことはいうまでもない。そして、ふみ子は、事故車の後退に気付いた時、驚きのあまり行動の自由を失つて転倒したものであつて、同人のような高齢者が衝突回避のためより機敏な動作に出ることは期待しがたいことであつたと考えられる。したがつて、過失相殺の主張は採用しえない。

四  請求原因(三)の原告らとふみ子との身分関係は当事者間に争いがない。

五  損害について

(一)  ふみ子の家庭が請求原因(四)(1)(イ)記載の家族構成で同記載の農地を有する農家であり、長男夫婦が勤めに出ている事実は、当事者間に争いがなく、原告本人矢部正明の尋問の結果ならびにこれによつて真正に成立したものと認められる甲第三二および三三号証、第三七号証によれば、同家の農業経営は、もつぱら家族労働によつて行なわれていたが、原告米男は高齢で健康も勝れなかつたため、ふみ子の労働に依存する度合が少なくなく、また、家事も多くの部分を同人が賄つていたこと、水田および果樹園による農業収入の推定額は、家族労働に対する労務費相当分を含めて、原告ら主張のとおり年間七四万一四八四円であることが認められる。ところで、被告会社代表者尋問の結果中、ふみ子が常時病気勝ちであつた旨の部分は、原告本人正明の尋問の結果に対比してにわかに採用しがたいが、ふみ子が相当高齢であつたことを考えると、同人が農業および家事の主体となつていた旨の右原告本人の供述もただちに採用しえない。したがつて、右のような家族構成に鑑み、農業に対するふみ子の寄与度は三分の一とみるのが相当であり、また家事労働に対する対価の額も右農業収入の三分の一とみるべきである。そうすると、農業および家事労働に関する収入の喪失額は前記七四万一四八四円の三分の二の年額四九万四三二二円(円未満切捨)となる。

ところで、ふみ子は、次に述べる金額の老齢年金を受けており、これは生活扶助的な性格のもので、同人の生存中その生活費の一部を賄うべきものと解されるのであるから、逸失利益の算定にあたり右収入額から控除すべき生活費の額は、右年金の存在を考慮して、年額一五万円とみるのが相当であり、残存稼働年数を五年として、前記四九万四三二二円から一五万円を差し引いた三四万四三二二円にホフマン係数四・三六四を乗じて得られる一五〇万二六二一円(円未満切捨)が逸失利益の現価となる。

(二)  調査嘱託の結果(第一・二回)によれば、ふみ子は死亡当時年額一五万六〇〇〇円の国民年金の支給を受けており、以後受けるべかりし年金の額は、死亡の翌月の昭和五一年八月からは年額一八万円に、さらに同五二年七月からは同一九万六九〇〇円に、同五三年七月からは同二一万〇一〇〇円に順次改定されていること、ふみ子の受給していた右年金は、昭和四四年法律八六号の付則一六条により、国民年金法二六条所定の支給要件に該当するものとみなされて支給される老齢年金(五年々金)であることが認められる。

このような老齢年金は、一定期間の保険料の納付を前提とするとはいえ、老齢者に対する生活扶助を目的とするものであつて、労働の対価たる性質を有するものではなく、また、その受給権は、受給権者の死亡したときは死亡の時期・原因を問わず消滅するのであつて、もとより相続性のないものである。そうすると、死亡事故によつて、推定余命期間の年金受給権を喪失したことによる損害が発生する余地はなく、その賠償を求めることはできないものと解するのが相当である。ただ、老齢年金の右性格に鑑み、他の労働収入の逸失利益の算定につき生活費を控除するにあたつては、前記のとおり右年金が生活費の一部に充てられていることを斟酌すべきである。

(三)  慰藉料の額は、本件事故の態様、被害者の年齢等諸般の事情を考慮して、次の金額を相当と認める。

(1)  ふみ子自身につき 三〇〇万円

(2)  原告米男につき 一〇〇万円

(3)  その余の原告らにつき 各五〇万円

(四)  原告米男が葬儀費用二八万円を支出した事実は当事者間に争いがない。

(五)  右(一)および(三)(1)の各損害合計四五〇万二六二一円の賠償請求権は法定相続分に従い原告米男が三分の一、その余の原告らが各九分の一の割合で相続したものであるから、原告米男の請求権の額は右金額の三分の一の一五〇万〇八七三円(円未満切捨)と右(三)(2)および(四)の金額との合計二七八万〇八七三円であり、その余の原告らの請求権の額はそれぞれ前記金額の九分の一の五〇万〇二九一円(円未満切捨)と(三)(3)の五〇万円との合計一〇〇万〇二九一円である。

六  本件損害に対し自賠責保険金八〇二万円、被告会社からの見舞金五万円合計八〇七万円が支払われた事実は当事者間に争いがないから、これを右債権額に按分して原告米男の債権に二五五万五二三二円、その余の原告らの債権に各九一万九一二八円を充当すると、残債権額は原告米男につき二二万五六四一円、その余の原告らにつき各八万一一六三円となる。

七  弁護士費用の損害は原告米男につき三万円、その余の原告らにつき各一万円とするのが相当である。

八  そうすると、本訴請求は、被告ら各自に対し原告米男が二五万五六四一円、その余の原告らが各九万一一六三円ならびにそのうち弁護士費用を除く各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年一一月一二日以降民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべく、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏)

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